#7 いざ東京へ【ディップの創業を調べるお】

ディップの創業を調べるお(※1)、ということで採用説明会などでよく聞かれる創業の物語について答えするコーナーを始めますm9( ゚Д゚)ドーン!

冨田という創業者が始めたこの会社にも、創業のドラマがありました。

こちらを徐々にお伝えしていきます。

冨田のひとりがたりスタイルです。
第七弾は一旗上げるために東京へ。

いざ東京へ

それであれば、愛知県を出るしかありません。

最初は岐阜や三重など名古屋周辺の県を考えましたが、どうせベンチャーをやるのであれば東京を目指すべきだと決意したのです。

このことを早速、妻に報告し、ヘソクリがいくらあるか聞きました。

「百万円ある」といいます。
よし、それで東京へ行こう。

そうして、私たち家族の東京での生活が始まりました。

妻とは英会話スクールの営業時代に知り合い、結婚しました。

その当時はそこそこ羽振りがよかったものの、実家への居候の次は、東京で6畳1間冷暖房なしの生活です。

すでに2人目の子供も生まれ、1歳になっていました。

3 カ月後の家賃もなく、妻の実家から送ってもらったおコメに生卵をかけて食べる毎日。

上の子は「マクドナルドに行きたい」 とせがみましたが、それすらも聞いてやれませんでした。

そんな生活だったにもかかわらず、妻は「あなたなら必ず成功する!」と言ってくれていました。

不安や不満など弱音は決して口にはしませんでしたが、不安な毎日だったに違いありません。

そんなある日、偶然にもあるテレビ番組を見たことが私の運命を大きく変えました。

人材派遣会社大手のパソナグループ代表の南部靖之氏とソフトバンクの孫正義社長が若い起業家支援のため、ジャパン・インキュベーション・キャピタル(JIC)をつくったというのです。

私は早速、JICに事業計画書を送りました。

それが幸運にも認められ、パソナ内に机を1つ置かせてもらえることになったのです。

しかも、JICやパソナの支援により、念願の融資を東京の保証協会から受けることが実現しました。

1997年3月14日、ついに会社を設立することができたのです。

起業を決意してから2年半。
ようやく1人の起業家としてスタートラインに立つことができました。

第八弾もお楽しみに。

転載:ダイヤモンド社制作「ファンダーズスピリット」

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