片道2時間通勤のインターンがリモートワーク(自宅)をやらせてもらったから布教する

こんにちは。中村です。

突然ですがインターンながらリモートワーク(自宅)の機会を頂けました。なんと光栄な事でしょう。リモートワーク(自宅)、いいですよね。

雑念湧かない!スピーカーで音楽が聞ける!飯代がかからねえ!心身のメモリ消費量が少なくて済む!独り言が言い放題なのでメモリが最適化される!よって円滑に業務が遂行できる!休憩時間中寝られる!(終わったら)気兼ねなくジョギングに行ける!健康になる!健康になる!!

ああ!リモートワーク(自宅)!!すばらしい!!!!すばらしい理由を挙げればキリがありません。偉大なるリモートワーク(自宅)とその機会を賜った事実を讃えなければなりません。そもそも自宅警備歴10年のプロ(RPAエンジニア)たる筆者が自宅でリモートワークを行なうとは、メッカで教義を実践するムスリムのような感覚かもしれません。聖地で業務を遂行するのです。ちなみに同部署の方が作成された聖地巡礼マップというサービスがあります。「自宅」も「オフィス」も「場所」を指す言葉ではありますが、前者にあこがれを抱いてしまうのは無理もありません。

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ということで、今回の記事では、なぜリモートワーク(自宅)がすばらしいかと、その効用を、明らかにしていきたいと思います。
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リモートワークとは?定義をしよう

さて、そんな讃えるべきリモートワークですが、定義を明らかにしましょう。
『日本の人事部』によると

「リモートワーク」とは、在籍する会社のオフィスに出社せず、自宅やレンタルオフィスなど、会社から離れた(リモート)場所で業務を遂行する勤務形態。ほぼ同義のテレワークやいわゆる在宅勤務を、こう呼び替えるケースが増えています。場所や時間の制約にとらわれず、よりフレキシブルな働き方を実践できるワークスタイルが注目を集め、育児や介護と仕事の両立を支援するなどの目的で、企業が積極的に導入を進める動きも広がっています。

(出典:日本の人事部

との事です。私は在籍する会社のある被雇用者であるため、間違いなくリモートワークを行なったと判断されます。

ところで、20代前半の若い独身男性(私)的には、育児や介護の支援目的という但し書きが気になりますが、もしチームの都合や、口頭必須のオフレココミュニケーションでなくてはならない等の問題が無く、かつ、後述するように、リモートワーク(自宅)によってより円滑なビジネス上の価値創造が行なわれるのであれば、20代前半の若い独身男性でも被雇用者としてリモートワークをしてもよいのではないでしょうか。要は頻度と状況ですし、裏を返せばオフィスのほうが適している業務があればオフィスで業務にあたるだけの話になります。

心身のメモリの消費量が少なく、最適に近づける

(私にとっての)リモートワーク(自宅)の最大のメリットはなんでしょうか。
それは心身のワーキングメモリの最適化にあるでしょう。

戦場

この最適化を腹の底で意識させたのは、「片道2時間通勤」なる非合理です。つまり、戦場と変わらないストレスと西洋で実証され、ホリエモンも散々非合理を説き(個人的に同意)、私個人としても散歩を兼ねて徒歩15分くらいが理想じゃね?と思っているような非合理極まりない営みです。これについては10年の自宅警備によって鍛え上げられた肉体と精神に、更なる体力や免疫を付けるという視座や、千の風になって電車と一体化するような心境で対処しており、「もう慣れたわ、体力付いたわ」と確信していました。

…いやしかし、実際に自宅に勤務するとですね、分りますわ。分かってしまいますわ。「分かる」とは「分ける」事ですが、これはもう分けざるを得ない。自宅自室=通勤0秒、布団からデスクもとい四角いちゃぶ台まで2秒と、2時間通勤は違う。分けてしまった以上私は電車と一体化できていなかったんでしょう。自宅勤務、単純に、悪い意味での疲れが無いんですわ。俺、疲れてましたわ。戦場に行っているのですから、疲れて当然ですわ。帰還兵か退役軍人のような心境になれます。しかし戦争経験やアウシュビッツへの収容経験を有する方々の一部が心的外傷後成長という語句で語られるような逞しさを身につけたように、これは体力づくりとして逞しさを育んだ事でしょう。引っ越しは涼しくなってからな!次は5本指の薄いシューズ通勤です。…休日に乗る電車は良いんだけどなあ、休日とは言っても家よりは自分のメモリを消費しますよね。

メモリの最適

さて、オンラインゲームの黎明期においては、ある運営会社が自社内の一室にサーバルームを設けたらしく、エアコンがぶっ壊れた際に大変な事になったそうです。室外機に総出で水をぶっかけたそうです。

まあ空調なりなんなり、そのハード(人間含む)はそのハードに適した位置で仕事をすると良い感じなのでしょうが、その意味で、このサーバルームの話は人間にも応用できるでしょう。単純な話、もっと涼しくて故障対策の出来たサーバルームに移転すればよいのです。ほら、スーパーコンピューターなんてコンピューターにとって良いトコロに置いてあるじゃないですか。サーバが市場価値の創造のために使われるように、私も被雇用者・被使用者である以上、市場価値の創造のために使われるわけですが、まあ良いトコロで働いたほうが円滑に価値も創造できるはずです。はずです。

その意味で、リモートワーク(自宅)は、故障対策の出来た良い部屋で働いているようなものです。通勤では、電車における倫理や疲労に、肉体や精神を割かれる必要がなくなるというすさまじいメリットがあります。通勤以外でも、独り言の抑制必要がない事によるメモリ最適化だとか、昼食後のうたた寝に変に神経を使う必要がないだとか、スピーカーで音楽を聴けるだとかの、自分の巣穴特有の形容しがたい安心感があります。文字にすると呆気ないものですが、効果は絶大です。シンプル・イズ・ベストです。私のメモリがときめきます。

この味を知ってしまうと、どんなに綺麗なオフィス、たとえば築3年・鉄筋RC・エアコン空調・31階の住友不動産の港区のグランドタワーや、おしゃれな喫茶店等の魅力が半減してしまうかもしれません。築35年超・木造・隙間風空調・(今は亡き)近所の建築屋産のジタク(1坪2万前後)の味に囚われてしまいます。職場環境への欲望があるからですね。

実際の成果

とはいえ、サーバの負荷が空調等以外の処理内容によっても異なるように、リモートワーク(自宅)やオフィスワークの負荷も処理内容によって異なるでしょう。

私はRPAのエンジニアという社内SE的な職務にかかわっていますが、社内とはいえエンジニアリングは設計が最も重要であるため、この設計の点はオフィスのほうが円滑に行なえます。チャットより口頭のほうが早い場合もありますし、RPAの稼働っぷりを目に見える形で示すのであったら、画面シェア等のサービス&ボイスチャットでもよいのですが、オフィスのほうが良い場合もあるわけです。要は相手と状況しだいなのですが、私は被雇用者でありますし価値を創造しなければなりませんからこのあたりは柔軟に対処しているのです。ついでに、何だかんだいってもオフィスでも結構集中できてるんだなあ!!!と痛感しました。

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したがって、設計や稼働実態の提示は必ずしも自宅でやる必要はありません。このため、今回は設計の先を自宅で行ないました。つまり手段としてのロボット作成(JavaScriptのコーディングを含む)になります。今回はRPAツールでクローリングを行ない、GoogleスプレッドシートやWordPressと連携させるロボットでした。

ええ、ええ、すげー早くできました。詳しくは下の「言葉にできない」で述べますが、いい感じですとにかく。はやい。あと翌日はステータスが高い状態になってます。

コミュニケーション

上述したように、「ロボットの作成段階」においてリモートワーク(自宅)を2回ほど行ないました。問題はコミュニケーションです。

2回なのでまだ何とも言えませんが、この2回で行なった業務上のコミュニケーションを具体化すると

・自分から、あたっているタスクについての報告・提案をChatworkかSlackを用いて行う

…この1つだけでした。まだ2回しかやってないじゃん!と言えばそれまでですが、今後は

・チャット上における「質問」を双方向的に行う

・チャット上の雑談を行なう

このような使いかたも必要となっていくでしょう。なぜか。「職場 雑談」などで検索すればそれなりの根拠を発見できそうな気もしますが、つまりはリモートワーク(自宅)における、職場環境の設計が重要で、それが不健康を回避できるであろうからです。1+1で200のホリスティックな環境を志向するといい感じかもしれません。その意味で、渇望されるのはSlackのママ的な存在かもしれません。

デメリット(自宅)を回避するには、柔軟性が必要

コミュニケーション上の問題は他にもあるかもしれません。それは対面的な質問と対面的なペアプログラミングスキル、そして対面的な雑談でしょう。

これはクラウド上のツールや開発環境を利用しているのであれば、自宅か否かを問わずリモートワークで容易に行う事も可能であるはずです。しかし相手の声色、情報量、周囲の音声、鉄筋RC31階の気圧と空調といった密度の高い情報の中で「場にとらわれず業務に関する的確な回答や質問ができるスキル」というのは、リモートワーク(自宅)においては上がらないでしょう。「場にとらわれない」と前置きする以上、それはオフィスであっても自宅であっても公園であっても発揮されるスキルであるはずだからです。

メモリが最適化される自宅において(技術的回答の引き出しとなる)スキルを上げてから、上述した対面的な業務活動を遂行するのか、”対面的な”業務活動のスキルを上げてから、自宅で業務を遂行するのか、どちらが正しいかはわかりませんし、そもそもここに優劣的な順序を付けるのはナンセンスかもしれません。だったらどうするのか?タスクやチームの状況に応じて、リモートワーク(自宅)やオフィスワークを使い分けられるような、選択的夫婦別姓的な柔軟性が必要になるのでしょう。

もう1つは雑談です。雑談はいいぞ。

時給制由来の緊張感

さて、バイトルを運用する企業で時給制のインターンを行なっている以上、一定の時間内で勤務しなければなりません。弊部署は時間はガチガチに定められているわけではないのですが、管理の都合等を考えると、業務委託や裁量労働制ではないので、どうしても通常労働時間たるAM9:30~PM18:30のうちX時間、といった形でやらなければなりません。つまりPM22:00くらいに、散発的に業務を遂行する事が難しいのです。(※AINOWとかのライターチームはもっと自由だよ!)

このことに多少の緊張感を覚えておりましたが、以外と時間通りでなんとかなりました。この辺りは長期にわたって確かめる必要があるでしょう。

言葉にできない 言葉にしない

業務を効率化するRPAエンジニアにあるまじき冗長な記述となっていますが、あれは形式言語なので別です。実際の心境としては、いちいち口に出さなければリモートワーク(自宅)を楽しめない、そんな状態ではないのです。小田和正は正しかったのです。自宅(自室)においてワークする事、この素晴らしさはいちいち口に出すほどではないのです。それは快適な下着が着衣の感覚を忘れさせてくれるような非意識的な領域です。とても心地よいものです。

「おお………!おお………!」「………(沈黙)」のように、ただただ感じ入っています。茫漠とした有様です。これについては、たとえばUNIQLOの店内で市川海老蔵さんなどが説いています。加えて、中国の偉大な哲学者、老子は、「言うものは知らず、知る者は言わず」(老子57章)と説きました。リモートワークがいかに素晴らしいかは言葉にもできますし、実際言葉で納得している部分もかなりあるのですが、真理には言葉だけでは至れないとしたのが彼の教えを汲んだ禅仏教です。

言葉にする必要がない、言葉にできない。リモートワーク(自宅)にはそんな雰囲気があります。「リモートワーク(自宅)を行っている私」ここに、「モチベーション」なる言葉は存在しません。これはモチベーションが無いと言っているのではなくて、そもそも「モチベーション」という言葉が存在しないのです。

したがって、これは「(モチベーションの)有無」以前の問題です。情報処理の領域において、trueやfalseという値が付けられるのは、そこに扱うデータ(命題)があるからになりますが、そもそもの扱う対象=モチベーションという言葉が存在しないので、有無や度合といった意味付けは出来ません。エラーになってしまいます。しかし私はリモートワーク(自宅)によって、先述したようにメモリが最適化されてエラーの原因である言葉が少なくなっているので、余計なエラーが起きにくいのです。独り言が言えるので言葉が蓄積しないんですね。

さらに非常に示唆的ではありますが、IPA(情報処理推進機構)から天才プログラマーに認定された天才プログラマーは、論理的思考を放棄したほうがエンジニアリングは上手く行くとも言っています。論理とは言葉の繋がりです。リモートワーク(自宅)=メモリが最適化される=言葉が少なくなっているのですから、彼の言う領域に近づけるのかもしれません。無論、基本にも応用にも発展にも超高度に熟達しているからこのような事が言えるのであって、私のような塵芥は身の程をわきまえなければならない、という事は忘れてはなりませんが。身の程については、後述するようにむしろリモートワークによってより意識させられてしまいました。

快適な下着が着衣の感覚を忘れさせるように、自宅警備業者が被雇用者としてのリモートワーク(自宅)に従事することは、いわゆる「モチベーション」「ポジティブ」「ネガティブ」なる、ビジネスに対峙する人間を扱う日常的な言葉すら忘れてしまえるのです。まあそもそもこの3ワードはリモートワークで無くとも普段の私は忘れている言葉なのですが、にも関わらず何故「モチベーション」「ポジティブ」「ネガティブ」なる言葉が出てきたかというと、リモートワークなる下着の感覚が思いのほか心地良すぎて、思わず前の状態と比較してしまったからです(良い、悪いは、比較対象が有って初めてわかるものです)。ビジネス書でいう「夢中」チクセントミハイが言う「フロー」のような領域に近いのかもしれません。自宅という場所にとらわれている以上、悟りとは程遠いのですが。

謙虚になれるリモートワーク(自宅)

この記事を書いている時点で、リモートワーク(自宅)は2度しか行なっていません。これがどの程度適しているかは、もっとリモートワークと(自宅)とお付き合いしてみないとわかりませんが、いやしかしベタ惚れであることに変わりはありません。このようにリモートワークに囚われてしまっている事実は変わりませんが、ここから、謙虚さへの道を見出せます。なぜか。

新元号、「令和」のルーツとなったとされる万葉集の更なるルーツとされる中国の書物「文選」には、春秋戦国時代(紀元前700~200年とかその頃)から、紀元後数百年の文学作品が収録されているのですが、その中にこんな示唆的な詩句が登場します。

大隠は市に隠る

《王康琚「反招隠詩」から》真の隠者は、人里離れた山中などに隠れ住まず、かえって俗人にまじって町中で超然と暮らしているということ。大隠朝市(ちょうし)に隠る。

(出典:デジタル大辞泉

自宅警備業と相性の良い漢詩です。唐代(7~10世紀)の詩人、白居易(772~846)は、これに付け加えて「中隠」を説きました。中隠とは、六本木にも世界遺産日光の山奥にも近い箇所で、ある程度キャリア積んで住んでれば、自然もあるし仕事もほどほどにあるし飯にも困らないしでイイ感じだぜ!(超訳)、そんな在り方を指します。しかも1200年も前に漢詩として説いております。いいよね。

「だから何なのか?」

こんな事を言いふらして何が謙虚なのか。しかしここで感じたのは、「真の」隠者かどうかは問わず、常に「超然」としていられるのか?そんな疑問です。無論、私は超然とはしていられないでしょう。なぜなら片道2時間と片道2秒に違いを感じてしまって、後者のほうが良いと実感できてしまったからです。ここで重要なのは、隠者の度合いの小中大ではなく、「場所」です。

ここにおける小中大というのは一つの比喩でしょうし、もっと度合いなりなんなりがありますしどうとでも言えますから、これを真に受けてその小中大を価値判断の小中大に適応したうえで、自身の適性を小中大で論ずるのは卑屈かと思われます。しかし、多少卑屈になっても、自身の中隠的な傾向を鑑みたうえで、この小中大を価値の天秤に持っていかず、あくまで「場所が重要」として捉えれば、リモートワーク(自宅)が適切でない人々がいかに凄いかを実感できます。

というのも、私はリモートワーク(自宅、金曜)開けのテンションで外食に向かったのですが、三連休前で忙しく動き回るホール・キッチンの方々の一分の狂いもない舞踊曲的な体さばきには今まで以上の感動を覚えました。社会に生きる人々はその適性によってミクロな各社会に振り分けられているとすれば、私が所属していない社会に属していて、(50m走ワースト5、長座体前屈ワースト2の思い出のある手先の不器用な筆者には習得が通常以上に厳しいと思われる)その社会に必要な技術を体得されていらっしゃり、それを「ホール」「キッチン」という、「自宅」と同様「場所」にカテゴライズされる領域で遺憾なく発揮されているのですから、これについては畏敬の念を抱かざるを得ませんでした。

「適材適所、ある人物がある特定の場所で動けば、”良い感じ”で(ミクロな)社会が回る!」とすれば、ホールやキッチンといった私とは異なる道に通じ、高度に熟達しておりかつセンスのある方々が、それぞれの「場所」を作ってそこで活動しているおかげで、”良い感じ”で(ミクロな)社会が周っている。この事を、遂に良い感じの極致たる自宅という場所において被雇用者として業務にあたる事によって、改めて認識できました。飛躍していますが、みんなすごいなあ!と思えたと同時に、自身では実力が十分に発揮できないであろう場所で実力を発揮する方々への畏敬の念を改めて抱きました。とても健康的です。

そして一つ付け加えると、単純に「あー今日も往復4時間だわ~」的な地獄のミサワ状態を健康的に脱せます。

リモートワーク(自宅)についての態度

され、リモートワークは、そもそも経済活動上の手段であります。そして先に述べたように、オフィスのほうが適している場合もある、そんな事実も実際にリモートワーク(自宅)に臨む事によって感得されました。しかし、しかしです。

「私はリモートワークを信仰しているのではないか?」

2015年に公開され、数多の映画賞を受賞した『マッドマックス 怒りのデス・ロード』という映画では、Immortan Joeというカルト的指導者が登場します。物語の序盤に、主役級の彼の部下が、彼に向かって信仰を告白するために、彼の名を「イモータァァァァァァァァァン!」と絶叫するのですが(下の動画)、このイモータンがリモータンにしか聞こえないくらいにはリモートワーク(自宅)を信仰しています。

なぜか。そもそも私は自宅にこびり付いています。10代前半の頃より10年にもわたって自宅の警備にキャリアを捧げてきました。自宅警備業とは、その勤務年数の長さがそのまま実力の評価軸となる稀有な職業となりますし、高度な実力者は発声方法すら忘れるそうです。もはや細々とした理由を付け加える必要はありません。

信仰や愛に多くの言葉は必要ありません。シンプルなものは強いのです。経歴への感覚と働き方についての感覚をシンプルに組み合わせれば、自宅でのワークというのは、長期的に見ても(ビジネス上)合理的かつ健康的な結果と成り得るかもしれません。感覚がアテにならなかったらその都度変化するほかありません。そしてそもそもリモートワーク(自宅)は何も珍しいことではありません。被雇用者か否かを問わず、昭和時代に自宅でやる内職が珍しくなかったように、働き者が称賛される昭和期に大ヒットした歌謡曲『与作』が、在宅ワークに臨む人物を「働きものだよ」と評価するように、そこまで取り立てて特別扱いするべき働き方でもないとは思います。

という事で、もっとリモートワーク(自宅)が一般的になると、良い感じだと思います。水を得た魚が増えるわけです。鮮度抜群・発育良好です。高く売れます。そんな水質を作った方々に感謝するほかありません。

まあ、ここまでの文章は場所(水質)にとらわれ過ぎですから、むしろ水になったほうが強いんですけどね。しかしそれはとても厳しい道で、みんながみんな水になれるわけではない事は歴史と疾病が証明しています。

まとめ

  • リモートワーク(自宅)はいいぞ
  • 企業の価値創造を促進するから合理的だぞ
  • 仕事が捗るぞ
  • 健康的だぞ
  • でも選択的夫婦別姓みたいなもので、オフィスのほうが適している業務もあるからその時はオフィスでやるだけだぞ
  • 他社との比較ありきで謙虚になれるぞ
  • リモートワーク(自宅)はいいぞ

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